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大名古屋電脳博2019

愛知県の芸術系5大学の
メディアに関わる学生、卒業生による
アート・デザインの博覧会です。

9.19Thu.-9.23Mon. 10:00~19:00

今回のコンセプト

大名古屋(愛知県)の
芸術系5大学のメディアに関わる学生、卒業生による
電脳アート・電脳デザインの博覧会。

電脳とはデジタル技術やデジタル表現、
デジタルな媒体を駆使することであり、

その中を縦横無尽に駆け巡り
コミュニケーションする人の意識です。

5回目の開催となる今回は、
リアリティというキーワードから、
各大学の特色や最新の取り組みを紹介します。

Wire Frame Architecture

2019年制作

【作家】

石川陽菜

【所属】

愛知県立芸術大学

【作品紹介】

光と影の関係性に「アナログ」と「デジタル」の要素を加え、映し出される実際の影と映像が混ざり合う世界を作り出すことを試みた。ベルトコンベア仕掛けで動く物体に、光を当てることでできる立体的な影の変化に着目し、現実に物体として存在する情報と映り込む影との差異を、鑑賞者に体感してもらうインスタレーション作品。

The apple of one’s eye

2019年制作

【作家】

岩井春華

【所属】

名古屋学芸大学

【作品紹介】

幼少期にヒーローやお姫様になりたいなど実現不可能な目標を掲げたり、無力な赤ん坊が親の庇護下に置かれた状態に感じる全知全能に似た感覚を幼児的万能感という。現実と感覚が乖離した幼児的万能感を再現することにより、夢みているような強感覚が得られるのではないか。本作品は自らの体験と他者の体験を交錯させ、断片的に要素を抽出することにより、他者の価値観と自己の価値観の差異を発生させ、夢っぽい感覚の再現を試みた。

在り処

2019年制作

【作家】

清水 邑有

【所属】

名古屋学芸大学

【作品紹介】

写真とは、かつてここにあったという証明たりえるものだけなのか。私は、かつてここにあった父との思い出を記、憶を頼りに撮影を繰り返す。それは写真的に何もない風景の一部に過ぎない。しかし、私はこの写真に時間を超えた物語を感じざるを得ない。

PHASE

2019年制作

【作家】

成田 開

【所属】

名古屋学芸大学

【作品紹介】

日々、ものが創造されそして寿命を迎えると同時にその場から離れてゆく。創造されているときは目に見えているにも関わらず、出来上がってしまったらイメージが定着され、透明になってしまう。今、私が見ているものは実感できるものなのか、それとも表象されたイメージなのか。記号的な断片映像とオブジェクトが混ざり合い、ものにおける生と死、ものの記憶が呼び起こされ、私が見てきたものと鑑賞者が見たものが新たな記憶として上書きされてゆく。

だれもたどりつけない写真の中で

2019年制作

【作家】

山田憲子

【所属】

名古屋学芸大学

【作品紹介】

自身の家族写真に焦点を当て、誰もたどりつけない時間を想像する、切り取られた時間の間を行き来する。写真の物質性に重きを置き、その役割を改めて意識した作品。

some things do not flow in the water

2019年制作

【作家】

樋口誠也

【所属】

名古屋学芸大学

【作品紹介】

記憶は写真の上ではなく私たちの中にあるが、写真を見なければ思い出せないこともある。そして時折、写真は私たちの記憶を過剰に補い、過剰に削り取る。写真は過去の出来事を思い出すためのトリガーでありながら、写っているものによって記憶を矯正しているのかもしれない。写真を頼らずに思い出す記憶に興味を持った私は本作で、写真プリントの一部を水で洗い流し消し去る過程と、消えた箇所には何があったのか、おぼろげな記憶を頼りに思い出していく過程を映像で記録した。

メタフィクションと身体

2019年制作

【作家】

宇佐美日苗、西田茉央、古垣寛夏、森下佳那

【所属】

名古屋市立大学

【作品紹介】

メタフィクションが常態化した世界において、複数のリアリティーを往還する基点としての身体の役割を再考するための、4つのプロトタイプ。

似ているものたち

2019年制作

【作家】

佐藤優太郎

【所属】

情報科学芸術大学院大学
(名古屋市立大学研究員)

【作品紹介】

外を歩いていてふとした時に、「あ、鳥」と思って目をやると、それは電線に設置されたなにかの金具で、鳥のようにみえただけだった、というようなことがある。近寄ってそのなにかの金具を眺めても、やっぱりそこに「鳥」はいないけど、そのような、視界の端に捉えた瞬間は確かにそこにいたものたちを見るための映像作品。

蟹の錯覚

2017年制作

【作家】

佐藤優太郎、石原由貴、小鷹研理

【所属】

情報科学芸術大学院大学
・名古屋市立大学

【作品紹介】

『蟹の錯覚』は、手の指の動きが、描かれた蟹の肢の動きのようにも感じられる錯覚体験で、認知科学的な観点からドローイングと身体の接合を試みたものである。方法は単純で、腹をみせた格好の蟹のドローイングを、左右の手を紙の裏側から交差して、前に折り返されるような姿勢で保持し、おおよそ蟹の肢(蟹の肢は10本である。)の位置に指をあてがい、わしゃわしゃと動かすことで体験することができる。すると、自分の手が自分のものであるという感覚が減退・喪失され、手の帰属が蟹へと傾き、それらは地続きな関係をもつことになる。また、『蟹の錯覚』にはいくつかのレパートリーがあり、二人で行う『蟹と蟹の錯覚』、それをゲームへと展開した『蟹と蟹の錯覚の遊び』がある。複数人で行うとき、自身の手の帰属は蟹、あるいは他人の手に傾く。

hand-san

2019年制作

【作家】

石原由貴

【所属】

名古屋市立大学

【作品紹介】

体験者は手の平に顔を作り、所定の場所で見つめ合います。自分であるとも言える他者が発する言葉を、あなたはどう受け止めるでしょうか。

重力反転大車輪計画

2019年制作

【作家】

岡田莞助、森光洋、小鷹研理

【所属】

名古屋市立大学

【作品紹介】

小鷹研究室は、認知心理学的な立場から幽体離脱研究をすすめるなかで、主観的な「重力反転」現象に注目しています。この作品では寝転がった状態から下を見降ろす状態への(瞬時ではなく)"連続的過程"を体感することを目的としています。体験者は、仰向けに